cirrus’s writing a note

私が書き溜めたノート。言葉の力で、あなたの心を軽くしたい

乗り越えられる壁だからこそ、全力で挑みたい

私が書き綴ったノート。言葉の力であなたの心を軽くしたい。

 

人生は乗り越える壁ばかりだ。

 

それならば、乗り越え続けよう。

 

今は腕を磨こう。自信を持って人を治せるようになろう。

 

 

 作業療法士の専門性

医師免許を持っている先生方の中で内科医や外科医があるように、医師は様々な専門があります。

私たち作業療法士の中にも、認知症精神疾患発達障害、手の外科などの専門分野があります。それぞれの専門性の領域で、仕事として必要とされ生かす場があることは、とても幸せだと思います。

私の場合は、手の外科領域に進んでいます。多少は部位の解釈の違いはありますが、肘から指までになります。今の仕事量の全体の中でも、1割にも満たないマイノリティな所です。

この領域だけで、ご飯を食べていくのは正直一摘みの人たちでしょう。そこには、手の外科の専門性を掲げている病院になります。全国的にも少なく、私の在住している県にはありません。

 0(ゼロ)からの出発

ただし、幸運なことに、私の勤めている病院には専門の医師がいます。

ですが、私が着任したときには、リハビリテーションへの信用はなく、依頼をされないという状態でした。

 

まず私はその医師に顔みしりになって頂くところからでした。

 

たまたま重症な方の依頼が舞い込んできました。医師に関わりをもとうと、経過を話し、方針を聞いて全力でぶつかっていきました。その方にも、経過に応じた方法を分かりやすく丁寧に説明することを心がけ、治療に努めていきました。

 

巡ってきたチャンス

ある時、医師から、近隣の医師が集まるカンファレンスへ来てみないかと、ご招待を頂きました。素直にうれしかったです。

ですが、医師が開くカンファレンスでの展開についていくことが難しく、頭をフル回転しているのにそのほとんどを理解しないまま課題山積で帰宅しました。自分が知らないことの多さに、今までの自分が恥ずかしいとさえ思いました。

 

出席をして話を聞いているだけなら、講義を聞いている感覚なので、すぐに慣れてきたけれど、ついに発表者側に立たないかという依頼が舞い込んできました。それも開催2週間前に…。

 

私は全力を注いできた、重症な方しか頭に浮かばず、急いでデータをすべて洗いました。

 

そして迎えた発表当日、緊張のあまり朝から食欲はなく、一日中頭の中でデモンストレーションを繰り返していました。

 

カンファレンスの場では、挙手制で発表を行います。他の医師たちが発表を終える中、手を挙げる時を待っては、譲りを繰り返し、タイミングをうかがっていました。

 

もう誰もいませんかというタイミングで、ようやく私は手を挙げることが出来ました。口はカラカラに乾き、すでに伸びてしまったカンファレンス終了の時刻に周囲からのプレッシャーをもろに受けながら、始まりました。

 

たくさんデモンストレーションを行ってきたはずなのに、予想をはるかに超えた早口と、活舌の悪さで進んでいきました。言いたかったことの半分も伝わっていないんじゃないかと思うまま、その日のカンファレンスは終わりました。

 

あまりの不完全燃焼に、今まで聞いたことのないような、慰めのような赦しを与えてもらえるような音楽を聴いていました。

 

 -(マイナス)からの再出発

数日すれば、私も気にしなくなり、いつものようにカンファレンスの時期がやってきました。

前回の失敗を忘れた訳ではありません。私は次のカンファレンスでもう一度、夢のような舞台で挑戦したいと思い準備をしてきました。

 

そして発表当日、今度は完全に私のタイミングで挙手をして、落ち着いて伝えることがきでました。その後の質疑応答にも冷静に答えつつも、ありがたいアドバイスを頂くこともできました。周辺の医師から暖かく迎えて頂けた気分でした。

 

好きだから、全力でやる

人生では、壁が行く手を遮ってくることを数多く経験されると思います。私は壁に阻まれた時、逃げ出したこともあります。自分を責めてしまいすぎ自分の力では立てなくなった時もあります。だけど、失敗の一つ一つが糧になっています。

自分がやりたいことだから、楽しめることだから、私は叩きつけられても、また歩み続けたのかもしれません。今やれることを全力でやる。私は常に念頭においています。